松任谷由実 New Album「そしてもう一度夢見るだろう」SPECIAL SITE:LINER NOTES〜アルバム解説やプロモーションビデオを公開!
New Album「そしてもう一度夢見るだろう」のライナーノーツや「NET MAGAZINE IN NAEBA【Y MODE】」でのPVオーディション(「そしてもう一度夢見るだろう」の収録曲を題材にしたPV)を勝ち抜いた作品を紹介します。
“旅”がキーワードであり、主題ともなったユーミン、3年ぶりのニュー・アルバム『そしてもう一度夢見るだろう』。そこで歌われている“旅”とは、乗り物でどこかへと移動して、はいそれでおしまいといったたぐいの、単純なものからはおよそほど遠い。
“記憶”が距離と重なることで、重層的な奥行きが見えてくる旅。もっと言うなら、自分が歩んできた“時間”。その連なりのはるか遠くへと視線を送ることで、過去が今一度、新しい手触りをたたえて、実感されるようになってくる。記憶をたどることが、未来へと歩みを進める上での道しるべともなる。そうした意味合いをはらんだ“旅”なのだ。
「自分の見方、感じ方によって、“新しい過去”を手に入れることができるんだ。そんな実感があったんです。経験を積んできたことによって、“これはもう、1回やっちゃったことだから”と済んだことにしていたものが、今回〈ピカデリー・サーカス〉のような曲を書けたことを通じて、呼び出せた。過去って必ずしも“古い”だけじゃない。自分次第で、新しくもなるんだと」
とはいえ、ユーミン作品において“記憶”が重要な役割を果たしていること自体、彼女の歌に親しんできた聞き手には、よく知られた通り。「念写しているのかも」。そう彼女自身笑いながら語っていたが、聞き手それぞれの年齢、あるいは経験に応じて、懐かしくも、せつなくもなる。ダブル、いやマルチ・フォーカス的とも言える情景描写のたしかさは、今回の新作で言うなら〈まずはどこへ行こう〉のような曲にも明らかだ。
「青春ソングのようでいて、遠い追憶の歌としても聞くことができる。50代を迎えた今、双方向に聞こえるよう、よけい留意するようにはなりました。等身大でありながら、ファンタジックでもある。と言いつつ、若い頃からそういう書き方をしていたような気もするんだけど」
21世紀を迎えた頃、アルバムで言うなら2001年発表の『acacia』を境に、独特のアルトの歌声に、一抹のほろにがさが加わってきてもいる。年齢を重ねたなりの変化とも言えるが、たとえば今回、日本人ならではの“諦観”の美しさを感じさせる〈夜空でつながっている〉のような歌を聞くにつけ、声の変化に伴って作風もまた“深化”しているのだなあ。そう感嘆したくなるのだ。
「本人としては、粛々と作り続けてきただけなんですけどね。クリエイトすること自体、苦しみの連続。ニュー・アルバムを出すまでに、結局3年かかってしまったし。と同時に、私自身は今回の新作を機に“一山越えたかも”という実感があって。世界がこれだけ不況にあえいでいる今、でも見通しはむしろ明るいんじゃないか、そんな予感もしているんです」
“旅”することで、価値観やライフスタイルもシフト・チェンジ。『そしてもう一度夢見るだろう』は、そんな“予感”をたたえたアルバムでもある。
「ピカデリー・サーカス」
オープニング曲であり、アルバムの“核”とも言えるこの曲。ロンドンの街角をさまよう主人公の姿が、「時のないホテル」を思わせる重厚な演奏とあいまって、今回のテーマとなった“旅”のイメージへとつながっていく。「“トランジット”、新しい時代へと乗り換えていく感覚が、最近特に強くなって。オバマ大統領が唱えていた“チェンジ”もそうなんだけど」とユーミン自身語っていた。そこに“今も探してる/あの歌を”という歌詞が重なることで、作り手としての述懐と、この時代を生きる気概が見事にクロス。
「まずはどこへ行こう」
なにげない“青春の一場面”を歌っているようでいて、実はダブル・フォーカス。老成した視点で見つめ直した“はるかな過去”とも受け取れるのが、ユーミン・ソングならではの奥行き。歌詞に登場する“川沿い”の風景を、聞き手それぞれの想像力にゆだねるあたりも、いつものことながら心憎い。本人の声を重ねたコーラスが、“髪がなびいて”といった五感に訴える描写を、より効果的に聞かせてもいる。脳科学者・茂木健一郎の言葉を借りるなら、まさに歌う“クオリア”がここに。
「ハートの落書き」
「ガーリーな学園物の王道を書きたかった」。そうユーミン自身語っていたが、決めのフレーズ“夢の途中”は、それが喚起する情景といい、メロディといい、あまりにもせつない。ちなみに“机の傷あと/ハートの落書き”のくだりは、当初“机の傷あと/夕焼けのにおい”だったそう。“ハートの落書き”に変えたことで、汗くささが払拭されたことがよくわかる。カメラ・アイを切り替えるように、1行ごとに情景が広がる。
「Flying Messenger」
「あなたに届くように」に続く、NHK『探検ロマン世界遺産』テーマソング。コロニアルな風景をイメージして書いたという前作に対し、今回は「キリスト教とイスラムとが交錯している地域が気になっていて。ロシアや東欧にありますよね。モスクとミナレットが同居しているような」。映像イメージをかきたてる、ユーミンならではのエキゾチック・ソング。イントロには、コーランを思わせるコーラスも。「プロデューサーが勝手に作ってきたの(笑)。発想のシンクロ具合がさすがだなと」。
「黄色いロールスロイス」
旧知の仲でありながら、レコーディング共演する機会が今までなかった加藤和彦がデュエットで参加。この曲のみ、加藤率いるバンド、VITAMIN-Qが演奏も担当している。ユーミン自身「大好きだった」というサディスティック・ミカ・バンドを思わせる、ドライヴするロック・ナンバー。ユーミンと加藤が共有するブリティッシュ/ユーロピアンな感覚が、大人の“遊び”の楽しさ深さを感じさせる曲でもある。「黄色いロールスロイス」が象徴するイメージも意味深だ。
「Bueno Adios」
折にふれラテン調の曲を作ってきたユーミンだが、ここまでタンゴに踏み込んだ曲調はおそらく初めて。思い切り低い音域から歌い出す構成自体、かつてなかった試みだろう。「ただタンゴのリズムを借りてきたというだけじゃない、日本語ポップスとして洗練された表現を目指した」。“眩しい夏の午後”に続く“人知れずさまよう”の発音が、“サマー”と懸詞になっているところがまた、「裏地にも手を抜かない」ユーミンならでは。
「Judas Kiss」
“砂漠”もまた、ユーミン・ソングを彩ってきた重要なモチーフ。「砂漠、好きなんですよね。アルミの食器も熱い砂でこすれば滅菌される。そんな潔さに惹かれる」。ドラマチックを極めた曲構成、そして歌詞の背景には、ショーン・コネリー時代の『007』シリーズを思わせる、ゴージャスかつサスペンスフルな雰囲気も漂う。砂漠のモーテルにたどり着いたヒロインを待っていたものは? 迷宮的な快感を醸し出す、編曲の妙にも注目。
「Dangerous tonight」
フィリー・ソウル調の展開に、ユーミンとしては異例とも思えるセクシーかつダイレクトな歌詞が呼応。「プロデューサーのリクエストもあって、この際思いっきりエロい歌詞で行こうと(笑)」。“いろはにほへと”を歌詞に艶っぽく織り込むというアイディアは、「プロデューサーがやってるFM番組に、百人一首を色っぽく解釈するという女性文学者が出演した、その影響もありますね」。曲名含め、ダサかっこよさが“味”な1曲。
「夜空でつながっている」
ごく正調のバラードでありながら、根底には“わびさび”、日本的な寂寞感が漂うのが、ユーミンの凄みであり醍醐味。「ジャコビニ彗星の日」や「Autumn Park」といった名曲群の手触りを引き継ぎつつ、日本人独特の“諦観”を清澄に歌い上げていく。「死の歌という風に限定したくはないけど、もうここにはいない人の歌なのは確か。映画『おくりびと』でも描かれていた、日本人ならではの死生観というか」。“ありがとう/こんなに寂しい思いがあるなんて”。そんなごく平明な表現で歌われているからこそ、かえって胸うたれる。
「人魚姫の夢(Album Version)」
“YUMING SPECTACLE SHANGRILA III”のイメージソングが、シングルとはミックスを違えて登場。“眠れる森の美女”ならぬ“深海の美女”を描いたものだが、陰影に富んだ曲調に込められた作者の意図は、ただダークなだけではないようだ。「光が届くはずのない深海に、一筋の光が射し込むような…。暗いからこそ光がはっきり見える。そんなイメージで書いてます」。地球規模で混迷の時代と呼ばれる今、それを乗り越える節目、“トランジット”が見えつつある、とも。「重い、けど、明るい。この曲を聞いた後、1曲目に戻ってもらえたら、伝わるんじゃないかな」。
恒例のリゾートコンサート「SURF&SNOW in Naeba」の期間中、併せて実施されているインターネット・イベント「NET MAGAZINE IN NAEBA【Y MODE】」において、初の企画として大学生同士の映像対決がありました。
>New Album収録曲「ハートの落書き」プロモーションビデオ
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Yumingの楽曲を東京工科大学と多摩美術大学の学生によってプロモーションビデオを制作し、それを視聴者が判定するという内容でした。
2009年度、初の栄冠に輝いたのは「ハートの落書き」でエントリーした、東京工科大学の澤田友輝さん。ソフトな手触りの映像がハートウォーミングさせてくれる、ちょっぴり懐かしくて、いっぱい愛情を感じさせてくれます。是非ご覧ください。
>New Album収録曲「ハートの落書き」プロモーションビデオ
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ニューアルバムについてライナーノーツを書いてくれ、との依頼がありました。ああ、僕には無理、と答えればよかった、と今さらのように後悔しています。だって、もう忘れました。うそだろう、と言われるかもしれませんが本当です。あのね、レコーディングってどういう作業だかわかりますか?作っては忘れ、作業しては忘れ、ということの繰り返しなのです。いい例を紹介しましょう。
由実さんはボーカルを録音する時に、ワンコーラスにつき、4本くらいのテイクを録ります。今回のアルバムは3本の時が多かったですけどね。この3本とか4本とかいうのは、完璧なテイク、という意味です。完璧なものが録れない時は何度でもやり直します。で、とにかく4本録ったとするでしょう?こちらは録音しながら、この歌詞の「さ」の音がよくなかった、とか「い」の歌い方がよかった、などと記憶しながら聴いていくわけですけど、とにかくワンコーラス4回録り終わると、その4本すべて聴くわけです。で、記憶の中のよかったところ、悪かったところとかを思い出しながら、冷静にどのテイクのどの部分が一番いいか、どうつながったらいいか、などを判断して決めていくわけ。これって、大きなゴミ箱の中に捨てられた、小さな小さなジグソーを見つけ出してつないでいく作業に等しい。わかりにくいですか?とにかく、気が遠くなるような作業だってことです。で、ワンコーラスが終わったら次のコーラスにいくわけですけど、もうこの時に、最初に録ったコーラスは全部忘れているわけです。忘れないと、次のテイクが頭に入ってこない。ね、なんとなくわかるでしょう?そうやって忘れていくことが、次の作業にクリエイティブになれるこつというか、必要条件なのです。
何もこれはボーカル録りの時だけじゃない。すべてがそうなんです。音楽制作は、頭を白紙にすることの連続。1曲につき、何度も何度も忘れていくから、もう出来上がる頃は、最初にどんなことをやったかなんて覚えていない。あれ、最初に何を思いついたっけなあ・・・なんてボーっとしてしまいます。前置きが長くなりましたね。だからライナーなんて書けるわけない、ってことが言いたかったんです。それに比べると、由実さんの作業はパフォーマンスになるわけだから、忘れていく作業は非常に少ない。曲を作る時に「忘れる」ということの必要性も非常に少ないですしね。このあいだも、苗場のリクエストコーナーで自分の書いた曲を忘れていましたけれど、僕なんてあんなもんじゃない。もう、ことごとく知らない。えっ、そんな曲あったっけ?っていうのの連続です。ひどいもんです。でも、そういう理由だから、わかってもらえますよね。
さて、そうはいっても少しくらいはアルバムについてお話しなければならない。まずは作業のプロセスですけれど、いろいろなところが新しくなりました。由実さん的には曲を作るピアノがかわりました。今までの小さなヤマハから大きなスタインウェイになった。キーをたたくと鳴る音がこれだけ違うと、さすがに出来上がってくる音楽も変わります。そういうもんです。僕の印象としては、少ない動きで表情の豊かな曲が多かったのではないか、と思います。さびが欲しい場合は僕が書き足したりする場合もありますし、それをまた由実さんが直す場合もある。どれがそうかって?だから忘れました。さっきから言っているでしょう。
これはいい感じになるかな、と思ったら僕は隣の部屋にいって作業を始めます。隣の部屋とは僕のスタジオのことです。SSL9000シリーズのコンソール、あとはSTUDERのアナログマルチテープレコーダー、ソニーのデジタルマルチもありますが、このところはそれらは使わず、多くの人たちと同じコンピュータ上のソフト、プロトゥールズを使う。さらにオタクの人たちのために説明すると、今年のプロジェクトはギターの鳥山君に教わった、ドラム用のソフトでBFD2というものを基本に使っていきました。そして、ギター、ベースは自分で弾いてプリプロダクション、つまり青写真とした。ここが今までとは一番違うところです。キーボードプレイヤーがギターなんて弾けるのか?という疑問があるでしょう?ところが、出来ちゃうんですね。意外に簡単に。しかも、スタジオプレイヤーと違って、フレーズはこちらの方がずっと豊富ですから、時間さえかければアレンジにぴったりとフィットしたものが作れる。これが今回もっとも楽しめたところでした。プロトゥールスはテンポを落としても音程も変わらなかったりするから、いんちきも出来ました。いんちきをしているところを由実さんに目撃されて、ちょっとげっそりしたこともありましたけど。
いつも最初は製作順に番号をつけるんですが、今回の1番目はNHKの世界遺産のために作ったフライングメッセンジャー。でも、これはだいぶ前に出来ていたので、正確に言うなら、2番目に作った「ハートの落書き」が最初の作品といえる。そして3が「ジューダスキス」4が「ピカデリーサーカス」5が欠番。というよりもサンバだったんですがこれは途中で没にしました。6が「黄色いロールスロイス」7が「ブエノアディオス」8が「デンジャラストゥナイト」9が「夜空でつながっている」そして10が「まずはどこへ行こう」でした。もちろん、音の製作をしているときにはまだ歌詞がない。由実さんは「ラララ」で仮歌を入れ、それをもとに僕がさらにアレンジを煮詰めていった。
今思い出すと、歌詞で苦労していたのは2と3。特に3はもう出来ないか、くらいのところまで追い込まれていた記憶があります。そういうときには由実さんと二人で話をします。何が見えるかを話し合うんですね。この先のストーリーはこうなんじゃないか、とか、こういうフレーズが聞こえる、とか、一晩中話し合うことなんてざらです。言うことだけ言うと、僕は先に寝てしまうので、その先彼女はどういうツルの機織状態になっているのか僕にはわかりません。起きて、恐る恐る「出来た?」と聞くと、満面の笑みで「やったと思う」と答えてくれるときもあれば、「わからないから聞いてくれる?」というときもある。そうかと思えばブラックホールみたいな顔をして、こちらが何も聞けないときもありました。夫婦でやっていくって大変ですよね。こういうときにはさすがに「ご飯まだ?」とは聞けませんから。
「やったと思う」がいいとは限らないんですよ。「うーん、なんだかわからない」と答えて、天国から地獄に落としてさしあげたことも何度もありました。そうかと思えば、自信なさげに「聞いてくれる?」と言っていた作品が素晴らしくて「すごいと思う」と答えると、もう天下を取ったようになって、さっきまでの自信のなさはなんだったの?みたいな時もありました。皆さんには自信なさげな由実さんは想像もつかないことでしょう。だって、今並んでいるものは全部「やった!」というものばかりですから。そこまで持っていかないとオーケーにはならないのです。
歌詞が簡単だったのは「ブエノアディオス」だったかもしれませんね。これは、もう打ち込みの段階から今の音がしていましたから、映像はすぐに見えたのでしょう。いとも簡単に仕上げてきたことを思い出します。
逆に僕が苦労したのは「黄色いロールスロイス」でした。最初、僕がギターも全部弾いて録音していたんですが、僕はほら、アメリカ音楽育ちだから、どうしてもロックが繊細ではない。骨太ロックになっちゃう。トラック野郎ロック、ですね。もういろいろなテイクを録ったんですが、どうやっても満足が出来ずに本当に悩んだ。で、思いついたのが「サディスティックミカバンド」ですよ。そうだ、それしかない、と思って由実さんに加藤さんに電話してもらうように頼んだ。交渉係は由実さんですから。最初から快い返事だった記憶がありますね。で、電話をかわったら、加藤さん、スタジオミュージシャンでやろうか、それとも今、自分がやっているバンドでやろうか、というから、迷わずバンドで、って答えました。なにしろイメージはミカバンドですからね。ということで、アレンジも全部加藤さんにお任せして、加藤さんがデモテープを作ってきた。「あれ、これってちょっとストーンズっぽすぎないかい・・・」とも思いましたが、トラック野郎ロックよりはずっといい。繊細だ。ということで、このまま突き進んでくれ、とお願いをしました。全然関係ない話ですけど、加藤さんが僕の育ての親というか、プロの道に引きずり込んだ大恩人である、ということを誰も知らないんじゃないかな。本当なんですよ。アマチュアの頃、僕の演奏を見て、僕をコマーシャルで使ったり、吉田拓郎のレコーディングで使ったのは加藤さんなのです。まあ、どうでもいいですね。こんな話。とにかく、そういう人だから、コミュニケーションはよかったと思います。加藤さんもいろいろな人生を歩んできた人だけど、こうやってセッションをすると、昔と何のかわりもない。音楽は人を平等にします。
ちょっと疲れてきました。続きはまた次の機会でいいですか?もっとも時間が経つとさらに忘れちゃうかもしれませんが、ここまでの記述だって、いい加減なもんだから、まあいいか・・・・。ということで次回に続く。






